明暦の大火
1657年(明暦3年)に俗にいう「振袖火事」が起こりました。これは歴史上最大規模の火災です。死者は10万人を超えました(空襲による東京の犠牲者とほぼ同じ)。
しかし、皮肉にもこの火災をきっかけに江戸の都市は整備されていきました。区画整理や神社仏閣の移転、屋根の防火対策、広小路・火除土手の設置などが行われました。また、江戸城を防備するために、それまで隅田川には千住大橋しか架けられていなかったのですが、川向こうの本所方面に逃げられずに焼け死んだ人たちが多かったことから、大火後、本所方面の開発に合わせて、万治2(1659)年、隅田川にはじめての橋として両国橋が架けられました。

この火災で焼失した江戸城の天守閣は、町民の復興を優先させたため復元されることはありませんでした。


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