イス 〜概要〜

 イスという道具は、家具としての機能だけにとどまらず、様々な側面を持っています。時代や個人を映し出す鏡ともいえるのではないでしょうか。工業技術が発達するにつれ多様な造形が可能になり、思想を表現する道具にもなりました。今日では多種多様な中から自分のイスを選ぶ行為が個性の表現となりライフスタイルの象徴ではないでしょうか。

 イスの起源を遡ると、紀元前3000年ごろからエジプトで使用されていたことがわかっています。この頃からしばらくの間は、一部の特権階級の象徴として高い工芸技術を集めて作られていました。

 中世のヨーロッパでの庶民が使うイスは、作り手である工場に直接オーダーしていました。しかし、18世紀の産業革命以降人口の急激な増加に伴い需要を見込んでイスを作り販売するという形態がここに生まれました。 この時代、現代にも通じる製造販売をはじめたのがトーネットでした。構造は曲木をもちい、工場で機械化、マニュアル化して流通に乗せました。トーネットの「14番」といえば世界でもっとも売れ、現在でもリ・デザインを多く生み出すほど影響を与えています。

 大衆が市民権を得て、その中で富を築いた者が貴族社会への憧れありました。また、王侯貴族に使えていた優れた工芸職人がまだ存在していたこともあって、日常性を満たしながらも装飾性を持つ美術品としての需要も同時にありました。アール・ヌーヴォーと呼ばれる流れです。

 19世紀末から20世紀の初頭にかけて様々なデザイン活動が行われ、その多くに共通したものが装飾を排除し機能的なデザインでした。必ずしも大量流通を意図してはいませんでしたが、時代の思想が込められその後のデザイナーに多大な影響を与えました。

 一方、日本に目を向けると、イスの文化はなかったといわれますが、イスらしきものはありました。例えば、正倉院の「御椅子」や鎌倉時代に中国から禅と共に伝わった「曲ろく」などがあります。どれも権威の象徴として使用され、庶民が椅子を使用するためには、近代まで待たなければなりませんでした。

 第二次世界大戦以降、世界中で新しい技術・素材を使い、用途に合わせて多くの個性を持った椅子が作られました。それは世界に流通し、現在に至ります。